2006年2月26日日曜日

六道訪問

狩野一信の五百羅漢図



あいにくの雨。
その分空いてるだろうからと思いいってきた。

東京国立博物館特集陳列による狩野一信の五百羅漢図の全50幅陳列。

本来、増上寺に献上された1幅に5人の羅漢が描かれた全100幅。
それが2画1幅として縮尺され描かれた全50幅。
当時の皇族が別注したものを後に寄贈されたものだそう。

尺寸はほぼ半分以下位だけど、放つ色彩とパワーは
画家の身を削る表現の強烈さにただ食い入り飽くことなく立ち止まってしまう。
見る方も体力勝負だ。
一挙にこの作品が陳列されるのもこれから先いつあるか解らない。
ましてや、狩野一門といえど、この異作ともいえそうな作品群にスペースを裂くには世の中の認知度も需要もぜんぜん低そう。

狩野派の絵画を時代や画家ごとに意識するようになって最初に認識したのが
この狩野一信。何かのときに別の羅漢図の一幅をみて知ったんだった。
これも縁だし、じっくり見るには雨の日しかない。
ちょうど特別展も無い時に当り(だからやってるのか・・・)
みっちり二時間以上掛けて堪能させていただきました。

この先公開の見込みのない増上寺コレクションの中の2幅も合わせて展示されていて、配置の妙に感慨もひとしお。
しかし、全幅見れたせいもあるのか、50幅の入魂度の方が強烈に感じました。
増上寺のボリュームも圧倒的ですが。

羅漢が手なづける様々な禽獣の表現も流石この一門の売りどころ。
深紅の孔雀が舞い降りる様や仔犬の様にじゃれつく獅子。
視点を変えると浮かび上がって来る悪鬼、
極彩色の双頭の迦陵頻伽の前でいったい何分くらい立ち尽くしてたろう。
この美しさに世の中がもっと目を向けるようになるのにあとどれだけ時間がかかるんだろう。

狩野派つながりで、大御所 元信の屏風絵について芸大生ボランティアの
ギャラリートークに合わせて参加した。
東京芸大院生のボランティアで絵画鑑賞の基礎を交えたレクチャーが
素人にはかなり勉強になっていいのです。

参加は自由で無料なので、
解ってそうなおじさんやわたしのようなど素人まで。参加者層も様々。
最初は多少緊張もあったようですが、やはり好きなんだな。
喋りだすと、本当に作品を愛していて、少しでも良さを解ってもらおうと
いう気持ちがつたわってきます。かっこいいぜ。
じっくりと丁寧に、作品の観賞させていただく事ができ、とても勉強になりました。
後期もたのしみにしております。


狩野派決定版
おすすめ。

かわちざくら

八幡宮

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八幡宮の大石段の横にある河内桜。今年はやはり少し遅いかな。
近くでみると濃い桜色がふくらんで来ているけど、まだ蕾は固そう。

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所用があって鎌倉八幡宮の研修道場へ行った。
事務所の方とお話をしている間も聞こえて来る勇まし声。
流鏑馬の練習をされていました。
最近見に行ってないので知らなかったけどどうやら女性の射手の方もいらっしゃるんだな。びっくりする程の通る声。
八幡様の研修道場で弓道しているとよく、流鏑馬?ときかれますが、
弓馬術と弓道は全く違うものでございますよ。

少し脇へそれて、旭屋さんへ。
豆餅の和菓子屋さん。
よもぎの豆餅はこしあん。美味。

そしてものすごい発見をする。
なんと、未だかつてない出逢いがあった。
ありえないとなかば諦めていたはずの「こしあんのどら焼」!
季節限定の「さくらどら焼」
これからは毎年楽しみにしています。よろしゅく。

薄曇りだけど陽気は悪くないし、まだ花粉もそんなに酷くないから
鎌倉国宝館にも立ち寄る。
そうか。桃の節句、お雛様の特別展が公開されておりました。
今の時期だとわりといろいろなところで、古い内裏びなをみることができるけど、
とても印象的だったのが、江戸時代後半から始まった調度品の装飾。
ミニチュアの文箱や漆器に施された蒔絵の繊細さは、
実際のサイズの調度品に尺寸が換えられたとしても尚、細かで、
当時の職人技のこだわりにただ手を合わせるばかり。
なかなか充実した散歩でした。

ホームシックの如く、京都に行きたくなるけど、
案外近場もまだまだぶらぶら楽しめるんですよ。

2006年2月15日水曜日

最近の収穫

岩田専太郎展


東大弥生門前にある竹久夢二美術館と併設の弥生美術館で開催されている
「高畠華宵アンティーク着物展」が目当てで出掛けて来た。
夢二美術館でも「アール・デコの世界」と興味深いテーマだったので、ちょうどよかった。

でもこの会期中のメインはどうやら弥生美術館の「岩田専太郎展」だったようで。

こちらは、かなりの見ごたえのある展示量で、
もともとこの方は働き者だったようで、残っている作品量は多いのでしょうが、
この規模での展覧会は珍しいらしいです。

岩田専太郎

乱歩、横溝作品の挿し絵や新聞の連載時代小説の挿し絵、
昭和初期の女性誌の表紙等々。おんな、おんな、おんな、
おんなだらけ。

これだけの女づくしでも一人一人への愛情がたっぷりと、
その首筋、髪の流れ先、背中から腰への流線に注がれていて、
絵を見ているだけで丁寧になぞられているようなエロティックな気分になる。

作品は時代ごとに陳列され、戦時中の多くの画家がそうであったように
プロパガンダによる作品も残されている。
ベージュの軍服着た寸胴の兵隊さんの絵なんか描きたくなかったろうに・・・。

その余波なのか、空襲で財産を失ってしまったこともあってか、
戦後の作品は艶やかさは磨きがかかり、妖艶どころではなく、「ぎりぎり」。
それでも時代を超えて惹き付けて止まない美しさは健在。
女に生まれたからにはこうでなくてはイカン。と思わされる事しきり。

「一日に3~4人(だったかな)の女性を描いている。
いままで描いて来た女性だけの人数で一つの国ができる・・・。」

とか、そんなようなことを言っている記事があった。。。
また素敵な男を見つけてしまった。
ご存命でないことが悔やまれる。

ところで、何気なく得た収穫を回想しつつ、ふと思い当たるところがあり、
帰宅後、自分のライブラリにある、「発禁本・地下本」のインディックスをめくる。
城市郎の発禁本人生

ありました。やはりこんなお仕事もしてましたのね。
という感慨深いオチでした。

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地下本も今や白日の下に晒されております。

2006年2月13日月曜日

課題図書

「秘めごと」礼賛



「秘めごと」礼賛
著者:坂崎重盛

人に何かを薦められるというのが、案外すきなのです。
ギフトもそうですが、薦められたものを開いてみたときに、
その人が自分をどういう風に見ているか、場合によってはそれまでの付き合いの
評価となってそれが送られてくるとも考えられるわけで。

年明け、学期明けテストのように配布された
web上の日本語テストの結果により部長から渡された課題図書。
本というのは、自分で読みたいものが順番待ち状態なので人から薦められたりすると、
優先順位に困るのですが、ウチの部長の場合は、その点百戦錬磨、しかも私とは
おそらく畑が全然違うので興味深く、且つ信頼度もあるので、
逆にうれしかったわけですが、結論から言うと本当に面白かった。
まず、新書版を自分で選定することがほとんど無いので、それを手渡された瞬間、
「やばい」「でもいいきっかけかも」が同時の感想。ぱらっとページをめくれば、
よく知る文豪の名前とくすぐったくなるような単語。

著者の書き出しには男の「秘めごと」を推奨するための著作となる宣言が。
多くの文筆家がその書でアンオフィシャルな愛についてを己の美意識をもった
フィルターを(あからさまに)掛けて綴る。
その様を同じ男の立場から、その表現の真意、心情とその真実、を
暴くかのように解説して交えていく。
それがなかなか面白く、一見ポルノ文学アンソロジーとして終わってしまうんじゃ無いかと
危ぶむとともに、「ははぁ~」「へぇ~」「ああ、そうだったのか」「やっぱり」等と、あれこれ
過去の出来事にてらしてはほくそ笑む事、電車の中だ。
案外これには、並びたてられているそれらの文筆家達どころか、現在手中で複数の恋人を
転がしている気になっている多少の理解力を持った男なら、相手にこの本を読まれた
事を知るや、冷や汗か、小さく悲鳴を上げるところではないんだろうかしらん。

当然のこと、もの言うのは女の立場からになるが、記述にあるとおり、
オフィシャルな恋人もアンオフィシャルな恋人も愛されている事には変わりはないとは
理解しても、己がいずれかのポジションに立ったとき、愛情の優劣ではなく、
握った鍵の重要性を重んじるべきだと思っている。
男がそれを個々の恋人に握らせる力量と精神力はそれなりの覚悟が必要なわけだ。

全てを承諾してそのポジションを望む恋人はけっしてそれ以外を望まない。
何も理解する必要がなく陽だまりに座らせておく女ならその陽だまりを死守する。
このどちらか一方でも壊してしまえば男の価値はその時点から向こう約半年は半値以下だ。
アンオフィシャルがオフィシャルの目の前へ出てそのポジションを鷲掴みにせんとしゃしゃりでるのも、
オフィシャルがアンオフィシャルの存在を知りその場を立ち去っても
それらの恋人を飼い馴らす事ができなかった失墜は大きい。
いずれか残った(残ってしまった)恋人の価値さえも足を引っ張る事になるのだ。
かんべんしてほしい。

中盤加えられている女性達の短歌や、女のコトバとしてかかれたストーリーの中の台詞を
引用し訴える部分からも、この著作、じつは多くは女性の読者を視野にしたもくろみもあるんだな。
そのとき自分がどのポジションとなった場合であっても、男のあるべき、女のあるべき、
と、その心の中にある「愛」と「情」の行く先を冷静に受け入れ、この世に堕ちた意味を
知ろうと訴えて終わっているような気がする。
とはいえ。

たとえば、
「この本を読んで、覚悟を決めたのでオレと不倫してほしい。」と、
下腹部深くを握られた上で腕っぷし強く抱き寄せられたとしても、
その際何とお答え差し上げられるかはこの場では差しひかえさせていただきます事、ご容赦下さいませ。



ってぇ~感じです。ぶちょー。

2006年2月11日土曜日

ソラノリング 長谷川潔展




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空気が冷たいのが心地よい快晴。

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横浜美術館は贅沢に取られた空間を存分に活かしている質の高い施設の一つ。
会期中に催される様々なイベントやレクチャーも興味深く、
一日を費やしても疲れを感じない。
今回の「長谷川潔展」は横浜出身のアーティストとして、この横浜美術館開館以前より
準備がすすめられていたという満を持したもの。
そのとおり、作品の展開方法や手法へのこだわりによって素人でもかなり分かりやすく
且つ重厚な意志が伺える、感謝さえしたくなる展覧会でした。

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長谷川潔氏の作品を知ったのは京都で必ず伺って一年分のポストカードを物色して来る
便利堂さん。
京都国立近代美術館所蔵の「仮装したる狐」に一目惚れして以来。

整然とそぎ落とされた揺らぎの無い線で表現される静物等が
その視界の向こうで持つ意志と前後のストーリーの存在を確信させる。
幾何学の中に巧妙に配置された空間の広がりは圧倒的だ。

「コトバにはできないから、絵を描いている」
と言われたのを思い出す。
文才が無いからということではないのは解ってたけど。
私は常にコトバで並べ治め、コトバで粉飾することで、足下の調和を保ち、
それは美しい「事実」となってその存在を帯びる。
「事実」は容易く形容可能になった時点で多くを枉げて伝播していくことになる。
コトバは人がつくり出したもっとも安易な手段で、故に不穏なオブジェだった。
心を奪われる絵と逢う度にこの負けを認める。

絵はそれを描く目が見た全てを写し出している。
実体のある物の、その中に、その目に映る「事実」が写し出されたとき
伝えられる「真実」は歪みを孕まづ。