2006年10月28日土曜日

本日のごきげんよう

文化研究所のセミナー帰り、休憩がてら東博に立ち寄る。
表慶館改修が終了して公開されていたので、お姫気分を味わってきた。

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ずーっと覆われてたものな。

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エントランスに入って見上げるともうそこで圧巻。
美しい。


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ここだけで何枚も写真をとってしまった。

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ここに棲みたい。
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棲んで白馬の王子様じゃなくて王様をまっていたい。

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べつにドラキュラでもいいです。



ランゲルハンス島
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2006年10月27日金曜日

本日のいとまごい

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あまりにキュウキュウに用事が詰まっている京都、
年末までの3か月に別けたので逆にゆっくりできたかな。
ちょっと疲れてたから。いろいろ。よかった。

帰りまでの時間をおなじみのBonBon cafeのロフト席で過ごす。

はらへった。
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チキンとサラダのマヨネーズソースサンド

当然フルコースでいただきます。
フルーツタルト。美味!
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京都での課題

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鶏頭蟷螂図 伊藤若冲筆


京博にいけばいつもなにかしら若冲や蕭白の作品をみれるけど、今回のこれは逃せないひとつ。

鶏頭の美しさは若冲なら当然のことながら、
私はこの花の頂点に背を向けて立つ蟷螂が好きで。
蟷螂特有の両の鎌を擡げた姿。

その足で立ち、顔を上げ、
まっすぐにその先を見据えるかの後ろ姿に、孤高の漢を感じる。
冷たくされても信じて黙って付いて行きたくなるような漢。
理想だなっ。




芦雪の岩上猿図、明らかに解説は狩野先生の筆かと。
泣ける。

京博
平常展示
鶏頭蟷螂図 伊藤若冲筆
竹図 伊藤若冲筆
岩上猿図 長沢芦雪筆
鍾馗と鬼図 曾我蕭白筆
蹴鞠寿老図 曾我蕭白筆


草花図屏風 宗達派
菊花流水図屏風「伊年」印
草花図屏風「伊年」印

本日のまったり

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通り一本隔てた喧噪をよそに智積院は別世界の静けさ。
修学旅行や団体さんの午前中の大移動に奔走される東山七条界隈。気が付かれない事これ、幸い。


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金堂や明王殿の堂内へいちいち上がり込んでは通り抜ける秋の風を堪能。
いつまでもいるなら真言のひとつでも唱えろよ、と
不動殿も思われたんではないだろか。
親切にカタカナで札までかかっているってのに。すみません。

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静けさにつられて散策。金堂の北、密厳堂へ。
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行中立ち入り禁止だった・・・。




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名庭でまたもまったり。







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まだまったり。
人が居ないのをいいことに縁側に足を投げ出して池の上をぶらぶらさせてると鯉と亀がよってくる。
誰も居なくても流石に餌はあげらんない。

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もはや、上がり込んで中々帰ってくれないお客さんとなる。




智積院には有名な桃山の障壁画がある。
秀吉がわずか三歳でこの世を去った愛児鶴松のために建立した菩提寺の客殿を飾ったもの。
等伯とその長男久蔵の作品。


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秀吉が愛児を弔う為に建立された寺の障壁画であるとともに、対となる桜図は等伯の長男が24歳で描き上げ直後に夭逝。その後この楓図への制作へ向かった画家の憶いを想像すると楓の大木とそれを取り囲む草花の重なりが本当にせつない。

狩野派を追随し手にした長谷川一門にかかる大きな仕事。
その代償のように失ったものを思うと、桃山時代の荘厳美麗な絵画イメージではなく、
画家のココロが求めたものが存在している。三百年以上を経ても尚。


この等伯の楓図についてはとても興味深いコラムがこの本に。
尊敬する狩野博幸先生のエッセイでございます。
日本の色日本の色




2006年10月26日木曜日

神の御遣いをみた

本日の猿沢の池Wgamwncp
猿沢の池に到着
クリアしなきゃならない用事はやまずみ。
道草必至。
学習もしなけりゃ反省もしない。



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水底へ沈んだ采女への詩にしばし。

まだまだ藻くずとなっている場合ではない。
いかなくちゃ。


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本当にふつーに道路を横断するシカに関心。
穏やかすぎ。
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野良鹿。


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水浴びもしたいほうだい



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せんべいが無いと目線もくれない



修学旅行の時にせんべいを買ったとたんに
数頭のシカに追い掛けられる級友を見たため当時断念したが、今度こそ。
とおもってたのに、やっぱだめだった。
身動きが取れなくなった外人は
シカに英語が通じない問題だけじゃないとおもったからだ。
この儚くもちっぽけな人生でまた断念しなければならない事ができた。
「鹿にせんべいがあげられない」
カメラを構える度にせんべいを持っていないが為にシカにそっぽを向かれる私を哀れに思ったのか、
どこからかおとーさんが、
「手に持ってるとあぶないからポケットにいれて中で割ってから出す」
といってカメラの方へ向くようにせんべを食べさせてくれる。
奈良には本当に仏がいるんだ。
おとーさんのそのブルゾンは奈良公園散歩用ですか?
他の物と一緒に洗濯にだしちゃだめだよ?






たどりつけないCed8_hfj
阿修羅だの鹿だの、途中に障害が多過ぎてなかなかたどりつけない。

お持ち帰り阿修羅Bopemecn
こうみえてもこの方、国宝です。











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興福寺国宝館素敵でした。
甲冑を身に着けたまま袈裟をかけた帝釈が少し離れておわす一触即発の中、
覗く角度で表情を変える阿修羅はかえって無垢にさえ見える。
二人の良い漢にただ翻弄され涙目の私でさえも、
中央に構える巨大な千手は静かに強く、全てを掌握している。
気が遠くなる程の年月が宿すエネルギーに奇蹟を信じたくなる。



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興福寺
国宝特別公開10月8日〜11月13日




聖武天皇の足

おもったより大きかった。
中敷いれてたのかな。

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1週間前に東大寺華厳宗管長殿の講演を聴講する機会があって、
聖武天皇の仏教思想と政治についてレクチャーを受けたばかりなので、ちょっとひと味違う正倉院展となる。
ついこの間の話のように、後醍醐天皇が貸してくれってもってったきり返してくれなかったとか、あれも東大寺献物帳に記録があるんだけどまあ、いろいろとあって・・・。とか。
こちらからしてみれば歴史小説の一部のようなお話だったのに、現実味を増してきて、謀反を恐れて御幸や遷都をくりかえしたかの天皇が本当に考えていた事はなんだったのか、もう一度知りたくなった。



光明皇后は東大寺に献納していても
正倉院宝物は宮内庁所有だものな。

工芸品の美しさは大陸のクオリティーも同時に伝えていて、
技術を我が物にするこの民族の底力がここから発せられているのがわかる。
馬具など、鎌倉や戦国時代のものより、より人間工学に添っているようで。

図録は手持ちの美術全集の正倉院の刊がほぼ網羅していたので買わなかったけど、実物を目にする事でより考えってひろがるんだな。と。再確認。
やっぱり気になったらなんでもフットワーク良く。

第五十八回正倉院展
奈良国立博物館
平成18年10月24日(火)〜11月12日(日)


2006年10月19日東博平成館 大講堂
「聖武天皇に見る仏教政治思想」
東大寺別当・華厳宗管長 森本 公誠

世界に開け華厳の花